2010年10月14日

「武器輸出三原則」の堅持を望む


 元々不定期更新のつもりだったので、スタート直後に連続してエントリーをあげてきたが、ここ2、3日はお休みしていた。

 しかし、この間、ちょっと看過できない動きがあったので、強く批判したい。
 それは、ベトナムで北沢防衛相が、アメリカのゲーツ国防長官との会談で、日本の武器輸出三原則の緩和を提唱したと言う事である。

 直後に取材を受けた菅首相は、緩和の方向性を否定したが、現民主党政権内に、そのような動きがあることの証明でもある。そもそも、かつての自民党時代の首相が表明した原則を、たかが防衛相が勝手に外国の要人に意見表明するなど、閣内不一致も甚だしい。個人的には、尖閣諸島問題でもタカ派的言動の目立った北沢防衛相は更迭に値すると思っている。

 そもそも、「武器輸出」自体は、憲法で禁じられてはいない。憲法9条の文言上は、武器を製造したり、輸出することを否定はしていない。
 しかし、憲法の前文および九条から来る平和主義に立てば、武器の製造自体もかなりグレーゾーンにあると言えると思う。ましてやそれを、紛争当事国などに売却するなどと言うことは許されまい。そこから導かれてきた、「武器輸出三原則」なのである。

 しかし、以前から懸念していた通り、民主党の支持母体は、大手製造業の組合が多い、「連合」である。
 大手企業の労組が、必ずしも派遣などの労働者の味方で無いことは、一昨年の年末の「年越し派遣村」などへの、大手労組の対応を見てもわかる。
 逆に「労組協調路線」を取り、大企業側となぁなぁの関係で、企業内での昇進の踏み台にしたり、地方議員を含めた、議員になると言う、個人の名利を求めて組合活動をしている者が多いのが、これら大手企業の労組幹部の実態である。
 いわゆる「ダラ幹(ダラけた幹部)」達とは、このような、企業側となぁなぁの関係で、会社関係者や、政党関係者とゴルフや飲食をするために、組合員から集めた資金を使っている、私利私欲集団であり、その知性の低さは、鳩山政権当時の官房長官の平野博文が、普天間問題で鳩山以上に妄動・迷走したことにも表れている。奴は電機労連出身、パナソニックの社員であった。

 そして、現在の菅首相が、鳩山政権下で国家戦略室の担当だった当時、新しい成長分野の開発、と言う命題を掲げたが、その中身は、風力などの自然エネルギー分野で、脱石油を目指す新技術を世界に先行して開発すると言う物であった。
 しかし、それもまた、連合の系列の旧・民社党出身の直嶋経産相を中心とした、原発の積極的海外輸出にすり替えられてしまった。

 結局、大手製造業と慣れ合い関係にある、連合や、旧・民社党の勢力は、昔の経団連以上に露骨に、自分たちの雇用の安定と、収入増。所属する企業への利益誘導のためにのみ動いているものと疑わざるを得ない。
 今回の北沢防衛相の、「武器輸出三原則緩和」発言も、主に三菱重工や、川崎重工、石川島播磨などの、陸上・海上自衛隊に武器を供給している企業らからの要請が陰にあるものと推測する。
 航空自衛隊の使用している戦闘機は、アメリカからのライセンス生産であるので、それをアメリカの許可なく売却はできない。また、非常に高価な物であり、そんなものを買える国はごくわずかであろう。

 北沢らが念頭に置いているのは、自動小銃、大砲、ロケット砲、国産戦車などの陸戦兵器や、護衛艦の母体となる艦体を外国に販売することに目的があるものと思われる。国産のミサイルも、東芝や日本電気が作っている。

 兵器を売れば儲かる。貿易も数字の上では活発化する。戦争が起きればもっと儲かる。
 しかし、それでも敢えて、武器輸出による経済発展の道を取らなかったのが日本である。

 それが、タカ派の多い自民党から政権交代したはずの民主党(こちらにもタカ派がかなりいる)政権において、このような発言が、しかも首相の了解なく、アメリカの国防長官に表明されるなどと言った事態を誰が予想できたであろうか?

 「死の商人」になることを自ら選ぼうと言う、倫理観無き企業経営者らにそそのかされた「ダラ幹」どもがやることいえば、この程度の事である。
 現実に世界中に武器を売っているアメリカで、経済が低迷しているのはなぜか?その分析も行わないまま、武器を売れば儲かる、などと言う一部企業の利権のために動く政治屋など、即刻更迭すべきだと考える。

 思えば、私自身は、小沢元代表よりは、菅現首相の方を支持はしているが、先日の代表選のおり、菅首相を支持したのは、タカ派の前原、北沢らの閣僚と、旧・民社党勢力であった。
 逆に、旧・社会党系の横路グループらは、小沢支持に回った。
 結果として、菅政権は、大企業系労組の影響力を排除できないままでいるのである。
 この点を私は、政権発足前から憂慮していたが、それが実際の物になったのが、今回の北沢防衛相の発言であろう。

 菅首相は、今こそ指導力を発揮して、このような、これまでの日本の国是を覆すような閣僚を更迭し、また非核三原則の法制化に向けて動くべきであろう。
 そして、雇用や収入の確保のための施策は、大企業の正社員のためにではなく、ワーキングプアと呼ばれる、派遣やパートなどの非正規労働者の雇用、収入の拡大を図ることが先であり、そのためにも労働者派遣法の「正しい改正」を急ぐべきである。

 それこそが、菅首相が、最初の施政方針演説で述べた、「最小不幸の社会」の実現であろうと思う。
 首相の猛省を求めたい。

 以上。
posted by ジャッカル at 07:08| Comment(1) | TrackBack(6) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

「善」・「悪」の二項対立の言説の誤り。

 今日は、ここ最近の事件を追ったエントリーとは変わり、普段から私が内心考えている、「善・悪、二項対立論」の誤謬と危険性を、最近のはやりの「陰謀論」批判と絡めながら論じてみたい。

 「善・悪、二項対立論」とは、簡単に言うと、世の中の現象や主義主張を、ある説を「善」とすると、他の言説を全て「悪」と断定する論法のことである。
 元々は、古代宗教のゾロアスター教やマニ教において、世界を「善の神」=「光」。「悪の神」=「闇」と捉えた世界観が有名である。

 世界は、「光と闇」、「昼と夜」、「太陽と月」、「男と女」などのように、二項対立(必ずしも「対立」とは限らないが)の考え方は、古来、人間がなじみやすく、わかりやすい物事の捉え方であったのは事実だと思う。

 しかし、さまざまな思想や物事の考え方があふれる現代社会において。また、物事が全てを単純に「善・悪」に分けられない複雑になった世の中において、未だに「善・悪、二項対立論」に終始する言説が、特にネット上において散見される。そして、それらの多くは「陰謀論」であり、世の中を、「陰謀をたくらむ悪者」と、「陰謀に対抗する=自分たち」と言う形の理屈を持って全てを断じる論法に、大いに疑問を持ち、その誤謬を指摘したい。

 最近において、世界的にも問題となっている「二項対立論」は、「戦争屋・ブッシュ」とアメリカ人からまで呼ばれて、最後は史上最悪の支持率のまま大統領を辞めた、ジョージ・W・ブッシュが、イラク・アフガンでの「テロとの戦い」で展開した、「キリスト教=善。イスラム教=悪。」っと言う、二項対立論であった。この、世界を単純化した劣悪な思想は、未だにアメリカにおいて、コーラン焼却や、モスク建設反対運動などに影響を及ぼしている。

 少し脇道にそれるが、古代宗教の多くは、前述のように、「善・悪二項対立」的な物が多かった。その中でキリスト教は、本来、「神と我」の関係を重視する、唯一神のみを崇拝する「一元論」であり、稀有な思想であった。

 元々、古代宗教の名残を残すユダヤ教と、中世以降に盛んになった神学論争における「悪魔」の創作の点以外では、キリストの言葉とされる「新約聖書」では、世の中に幸福をもたらすのも、災厄をもたらすのも、全て同じ「ヤハウェ」の神、ただ1人であると言う思想であった。

 しかし、人間は、上述のように「二項対立」に馴染み易い存在であり、現代においては、キリスト教においても、神と悪魔の「善・悪二項対立論」を安易に取る言説がまかり通っている。その最悪の現れの一つが、「バカ・ブッシュ」の、アメリカ(キリスト教)の絶対善=イスラム教国絶対悪、という考え方であった。

 宗教論を長々と述べたが、私の今日のエントリーの主眼はそこには無い。

 具体的に言うと、現在話題となっている、小沢・民主党元代表の検察審査会における強制起訴の決定にまつわる事件について、主に、植草一秀、元・経済学者が、そのブログ「知られざる真実」で展開している、「善・悪二項対立論」を批判したいのである。

 植草(以下敬称略)に言わせると、世の中を「善=小沢」、「悪=菅直人」と言う図式で説明し、それを、「官僚支配脱却=善」「官僚支配=悪」。「真実を知る自分たち=善」、「マスコミによる大衆操作と、それに騙される愚民=悪」。などと言う図式に置き換えて、狂気のごとくに、自分たちの正当性と、それ以外の意見を持つ人々を悪と断罪する論法を、頻繁に用いている。

 そのベースには、自民党政権時代から植草が用いてきた。また、副島隆彦や田中宇などのような、「陰謀論者」による、「真実を知る自分たち=善」、「世界支配者(主にアメリカやユダヤ)=悪」。と言う、単純かつ、論証も証明もされていない「二項対立論」を、現在の日本における政治にあてはめたものが植草だと言えよう。

 この「二項対立」による、善悪の区別と、その中の善に自らを置く論法の危うさは、政策や具体的な物事への対処法を排除し、ただひたすら、自分たち以外の「悪」を罵倒することによって、卑小な自我の自己満足を得ていると言うことに尽き、何も生み出さず、ただ社会に混乱と不調和・対立の種をばらまいているだけになるのである。

 いつも通りくどくなっているが、今しばらくご容赦願いたい。

 具体的に述べたほうがわかりやすいだろう。
 植草とその信奉者たちが、今使っている論法は、「悪徳ペンタゴン」=政(菅政権)、官僚、財界、『マスゴミ』、アメリカ、の陰謀により、日本の救世主、小沢一郎が、陥れられている、と言う物である。
 この点についての誤りは以前にも指摘したが、繰り返すと、まず、「悪徳ペンタゴン」と言う物そのものが、植草が、先んずる副島らの陰謀論を取りこんで「創作」した、論拠も証明もされていない、架空の存在なのである。しかも、その中の「政=菅直人」と言うことは、植草自身のブログを見ても理由が見えない。ただ、民主党代表選で、小沢の対立候補で、下馬評を覆して逆転勝利した菅直人を、誹謗中傷するために用いているにすぎない論法である。

 このネット上の一部の卑小な言説の何が問題かと言うと、彼らは、小沢強制起訴において、起訴を議決した検察審査会(一般の有権者からの抽選と面談で選出される)のメンバーを「『マスゴミ』
に洗脳された愚民」と断言してはばからず、自分たち小沢支持者こそが真の善なる国民であり、そうでない者は、「悪徳ペンタゴン」の手先、またはそれに騙されるような愚民。と断言している点である。

 以前にも述べたが、私は法学の徒であった。そのため、「司法に対する信頼」が損なわれることは、国家の危機を意味すると考えている。確かに、大阪地検特捜における証拠捏造や隠滅事件が起きたばかりであり、それもまた、司法の危機を意味するが、植草の検察審査会批判もまた、同様に、司法への信頼を損ねる結果しかもたらさない、非常に危うい論法なのである。

 最近では、植草一派のブログでの言説は、ひたすら、他者を貶める根拠の薄弱な、善・悪二元論で構成され、小沢を支持する自分たちだけが真の正義であり、それ以外の世の中の人々は、皆、悪であるか、買収されたり騙された愚民ばかりである、っと断定することに費やされている。

 既にお気づきであろうが、私のこの駄文もまた、あまり世の中に意味の無い、「劣悪な言論への批判」に過ぎない。
 しかし問題は、その「劣悪な言論」が、ネット上ではある程度の力を持っていることである。
 そして、これも以前に述べたが、「小沢絶対正義・無謬論」は、「英雄崇拝」に近く(私は小沢を英雄だなどとは思っていないが)、それは、第二次世界大戦前のドイツでのナチスのヒトラー、イタリアでのファシスト党のムッソリーニが台頭してきた時の、両国の国民の英雄願望に似た危険性があることを指摘したいのである。

 「陰謀論」とは、世の中の理(ことわり)を、「陰謀」で説明して、それ以降、なんら検証すること無く、世の中あらゆる事象を、善と悪にわけて考える、単純で稚拙な「思考停止」の論法である。
 植草一派は、今、それにどっぷりと嵌っている。結果、菅政権非難にとどまらず、検察、裁判所もまた「悪」として非難され、政権党である民主党もまた、菅直人の支配下として非難されている以上、日本における「三権分立」の「三権」の全てが、「悪」であると断じており、これは社会不安をあおるとともに、「英雄待望」の無思考の幻想を招き、万一それが現実化した場合、民主国家としての日本の崩壊をも意味するのである。

 まぁ、植草一派ごときの言説がそこまで影響力が無いことは、民主党代表選で、党員・サポーター票の多くが、菅直人支持で会った結果を見れば、「小沢英雄待望論」を取る国民は少ないと思われ、国民のバランス感覚は正常であると私は考える。

 ただ、ここ10年余りの間に、「陰謀論者」は勢力を拡大しており、この「善・悪二項対立」の論法に嵌ることの危険性を、ここで指摘しておきたいのである。

 つまらない論につきあわせてしまって誠に申し訳ないが、これを読んだ方が、心の片隅にでも、このような考え方を留めてくだされば幸いである。

 以上
posted by ジャッカル at 04:36| Comment(0) | TrackBack(8) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

中国で拘束の高橋さん、解放。

 尖閣諸島、漁船衝突事件に端を発した日中間の緊張の中で、中国側の対抗措置ではないかと疑われていた、ゼネコン・フジタの社員、高橋定さんが、昨日解放された。拘束されてから19日ぶりである。

 本当に、中国人船長逮捕の対抗措置かどうかは断定はできないものの、邦人の無事解放を素直に喜びたい。

 しかし、この事件が、両国間の緊張から、中国からの「謝罪と賠償要求」までエスカレートした直後から、急転直下、中国側からの関係修復のための宥和措置が取られ始め、今回の高橋さん解放で、当面の表面的事柄は、一応の解決を見たと言えよう。

 だが、この間、日中両国でにわかに燃え上がった、「なんちゃってナショナリズム」の後遺症は、今後も残るものと思われ、尖閣諸島領有権、東シナ海ガス田開発などの問題が、根本的解決に至っていない以上、今回悪化した、相互の国民の相手国への悪感情は、長く尾を引くものと憂慮せざるを得ない。 
 不幸中の幸いは、事件の収束が比較的早く、両国の軍事的緊張にまでは至らずに済んだことである。
 現場にいないで軍事的強硬論を垂れ流すだけの、右派系マスコミや、時代遅れの安倍晋三のようなネオコン政治業者が妄動する前に、一応の決着がついことである。

 今回の突然の解放の陰には、中国をめぐる、国際間の圧力が高まってきたことが背景にあるのではないかと、愚考している。
 それはまずはG7(先進7カ国)蔵相会議で、中国の不当に安い元の為替レートが議題になり、欧米諸国を初め、中国に改善を求める動きが出始めたこと。
 もう一つは、中国で体制批判を行い、逮捕・服役中の劉暁波氏に、ノーベル平和賞が授与され、やはり欧米各国から、中国共産党の民主化・自由化を求める声や、劉氏の釈放を求める声が上がっていることである。
 政府管理のもとで、「世界の工場」として、急速な経済発展を遂げながらも、依然として人権問題や、情報統制がおこなわれている中国に対して、世界中から視線が向けられるようになった現在、もはや中国政府は、日本との間だけの問題にかかずらわっている暇が無くなってきたのでは無いだろうか?

 私個人の意見としては、経済発展による増収に伴い、覇権主義的言動が目立ち始め、空母保有論とか月面着陸とかに舞い上がっている中国の現在の世論や政府の態度に、国際的に批判的視線が送られ始め、ストライキや地方暴動、環境汚染も問題になってきた今、中国も変わらねばならない曲がり角に来ているのではないか?。

 今後も、情報統制や軍事力増強などの強圧的姿勢を取り続ける限り、中国は太平洋戦争前の日本のように国際的に孤立を深めかねないと思う。そうならないためには、一層の自由化・民主化が求められると思う。
 私は何も今の中国政府の体制崩壊を望むものではない。指導部が英知を発揮して、国際社会からのメッセージを正しく受け止め、よりよい国づくりへと向かうことを切に願う。

 遺憾にも、私的団体であるノーベル財団のあるノルウェーに対して、中国政府が経済制裁をするなどと口走っているようでは、その国際感覚、人権感覚のズレは、今後の中国に悪影響しかもたらさないであろう。
 かつて、チベット地区党書記長として、チベット人8万人を殺害の指揮をした、胡錦濤・現国家主席はそろそろ強硬策の愚を悟るべきであろう。

 以上。
posted by ジャッカル at 06:31| Comment(0) | TrackBack(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

警察、検察の権威の失墜は社会不安の元になる

 ここ1年余りの間、特に検察と警察に関する不祥事や、取り調べの異常性についての事件が後を絶たない。
 先日、「最強の捜査機関」と異名をとった、地検特捜部(大阪)の検事が証拠捏造と、その元上司が証拠隠滅の罪で最高検に逮捕されたのは衝撃的であった。
 さらに昨日の報道で、警察官の脅迫的な取り調べの事実が明らかになり、音声までもが録音されて公開されたのは、半ばは常識であったとは言え、やはり衝撃的なものであった。

 これまで、検挙率、検挙後の有罪率の高さを誇ってきた日本の警察・検察が、何とヤクザまがいの脅しや、政治的に動いて証拠の捏造まで行っていたと言うことは、もはや何を頼りすれば良いのか、不安を感じてしまう事態である。

 民主党の小沢元代表が、任意聴取時は検察批判をしていたのに、強制起訴となると、「検察の取り調べの結果無実であることが立証されている」と強弁しているのは、やや、ピントがずれた発言と思わざるを得ない。

 それにしても、「お上」信仰が根強い日本ではあるが、こうまで強権力を持つ、検察・警察の取り調べに問題があるとなると、もはや何を信頼してよいか分からなくなり、社会不安の種になりかねない。 
 他にも警察官の痴漢や買春などの不祥事の連日の報道を聞くと、もはや信頼できる公権力は、消防くらいしか無いと思えるのである。

 この問題の根は深く、長い間、警察・検察では、脅迫的な取り調べや、証拠のねつ造が行われていた物と推認でき、冤罪もあったと考えざるをえない。
 私たちが、平和を求めてのイラク反戦デモなどをしていると、なぜか、公安警察らしい連中が、マスクにサングラス姿で、デモ参加者の顔写真を撮りまくっていたのは、公安警察が右翼に偏向していたからであるが、他の警察・検察でも、不祥事や偏向があることが明らかになり、もはや事態は単に謝罪と再発防止の記者会見だけで済む問題では無くなったと言える。

 繰り返しになるが、今こそ、「取り調べの可視化」が必要な時期であろう。今回の脅迫的な取り調べが明らかになったのは、取り調べを受けた人物が胸ポケットに潜ませていたレコーダーによる音声記録であった。
 今後は、取り調べの全録音・録画か、せめて、被疑者か裁判所が選任した弁護士またはそれに準ずる立場の人間が取り調べに立ち会うと言う、今すぐにでもできる方法で、取り調べに不正や強迫が無いようにしなければならない。
 国会で、院内の撮影をしたとか、菅首相の答弁が感情的だった、とか言うくだらないことを報道(3K新聞)するよりも、取り調べの可視化に向けた議論を巻き起こすべき時期であろう。

 一刻も早い、取り調べの可視化に向けた法整備が望まれる。

 以上
posted by ジャッカル at 00:39| Comment(0) | TrackBack(5) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

「自民党」的な政治は、滅ぼされなければならない。

 「滅ぼす」っという表題は少し過激ですが、要は、自民党「的」な、50年以上続いた、ある意味では明治以来続いている、右派保守主義は、現代社会と、国民の幸福になんら寄与しないので、消えて行ってもらいたい。と言う意味です。

 自民党が、故・金丸信たちの経世会の時代に、腐敗と栄華の頂点に立ったのは事実です。当時は、中曽根の規制緩和の大合唱の後、土地規制が緩み、土地本位制によるバブルが発生し、それが株やらゴルフ会員権などに派生して、狂乱バブルになった時代です。
 この頃以前からもそうだったのでしょうが、自民党の特に世襲議員たちは、自分たちの私利私欲のために政治を行い、選挙区への利益誘導により票を買い、選挙に勝ってきたのが実態でした。

 しかし、経済に無限拡大が無い以上、バブルははじけます。こうなると、自民党型の利益誘導政治では経済は成長できず、日本は「空白の20年」を迎えるようになりました。

 さらに、その閉そくしかかった状況で、「自民党をぶっ壊す」と叫んだコイズミが人気を得て5年間にわたり首相をしますが、彼もしょせんは世襲の利権政治家であり、それまでの「経世会」支配と違ったのは、地方の土地や土建利権で私利を満たすのではなく、いわゆる「都市型利権」で、経団連らの大企業と結び付き、大企業だけが儲けると言う図式の中で、政治資金規正法以外のアンダーグラウンドな金を得て、私腹を肥やしたものと私は考えています。

 このコイズミの、「新自由主義」(強い物が勝つのが当たり前。負けるのは自分が弱いので自己責任。)っという主義は、現実社会では、世襲や相続により、スタートラインが有利な地位にある人々や大企業に有利で、日本社会の格差は広がり、自殺者が世界的にも高い水準となると言う、悲惨な結果をもたらしました。

 要するに私は、「経世会」型であろうと、コイズミ型新自由主義であろうと、その根本に、日本のため、社会のため、国民のためと言う目的が無く、自分、およびその取り巻きの私利私欲のために政治をしてきた勢力には、日本の政治から消えてほしいと思っているのです。

 日本では、明治以来、政治が金がらみで腐敗しているのが当たり前と言う風潮がありました。
 ある意味、それ以前からで、江戸時代に、「役人の 子はにぎにぎを 良く覚え」と言う、わいろ政治を風刺した川柳がありますし、『「商」のはじまりは中国にあり。』と言うことわざがある中国が、現在も地方政府の腐敗や、共産党員のエコひいきなどで運営されている以上、「腐敗政治」は、人間社会から抜きがたい物であるとも言えます。
 それは、人間には、「欲」があり、また財産を子供たちに譲りたいと言う、血族的本能もあるからでしょう。

 しかし、それが問題をもたらしていることは事実なので、この事態に対して、対策を講じる必要があるでしょう。
 昔、共産主義では、上記のような欲得づくの、人間性に基づく政治を変えるために、「人民の覚醒を待つ」と言ったものですが、すべての人間が理性的覚醒などできるはずも無く、腐敗・利権政治を無くしていくためには、ある程度はそれに気付いた人々の手によって、制度的な腐敗防止の対策を講じるべきでしょう。

 具体的には、既に民主党がマニュフェストで謳いながら、なかなか実現しようとしない、「政治家の世襲の禁止」と、「高級官僚の天下りの厳禁」の2点が、まず手をつけるべきことです。
 次いで、企業に対しては、「社会貢献税」(仮称)を課し、大もうけをしたなら、その何%かを、税として国に納め、その税は、インフラ整備や福祉目的税と限定するのが理想です。もちろん、儲からなかったら払わなくてもいいのですから、別に不平等ではありません。

 上記のように、すぐに手をつけられる、制度的な、腐敗防止の対策はあるのです。100%完全ではありませんが、いくらかの効果はあるでしょう。
 このようにして、現在の憲法における自由・平等主義に、若干の修正を加えた、社会民主主義が私の理想とする政治です。

 自由と平等は、極めて重要な権利ですが、社会的不公正によりそれが妨げられ、格差が拡大し、教育の機会均等が名目倒れになってしまっている今、政治の力により、制度として悪平等や、身勝手な自由を制限する必要があると考えます。

 その意味で、現在の菅政権は、「現実主義」と称して官僚との歩み寄りを図る前に、まず、上記の3つの制度を具体的に法として成立させ、そのうえで、それでも仕事に精励する官僚とは、仲良くすればよいのだと思います。

 なお、表題で、「自民党」的、っと書いたのは、他の党にも自民党と同じ体質の党もあるし、議員もいるからです。小沢元民主党代表も世襲議員ですし、今はどうかわかりませんが、経世会の七奉行と呼ばれた人物です。鳩山前首相も、桂小五郎の五世の孫で、母親はブリジストンの創業者の一族です。
 コイズミ時代の経団連会長の御手洗も、創業者一族(確か複数いる創業者グループの中の1人の息子の甥だったかと)です。

 こういう人々が、行ってきた政治の結果は、今の日本の惨状にあらわれています。

 今日は個人的見解を述べました。全てが正しいとは言いませんが、少なくとも今までよりは社会が良くなると信じています。

 以上。
posted by ジャッカル at 10:30| Comment(1) | TrackBack(6) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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