2010年02月12日

「みんなの党」などに期待してはいけない。

 「文芸春秋」の3月号で、小沢批判をしつこくやっているが、それと同じ号に、「みんなの党」の、渡辺喜美が、「第三極」をぶち上げる記事が載っている。

 そもそも、「みんなの党」とやらは、沈みそうな自民党からいち早く逃げ出しただけの、時代遅れの新自由主義者や、イデオロギー右翼が集まった烏合の衆にすぎない。
 それが何を血迷ったか、「第三極」だと・・・・。

 いや、バカにしてはいられない。バカにしても良いレベルの連中ではあるが、現在の政党間の力学上、新自由主義万歳の経団連がスポンサーにつけば、多くの自民党離党者、いくらかの民主党離党者を集めて、「第三極」どころか、民主党に対する、野党第一党の座を、自民党から奪う可能性はある。それは能力や知識の問題では無くて、たんなる沈みゆく自民党から逃げ出すネズミたちの、緊急避難所として膨れ上がる可能性があると言う物だ。

 これは不健全だ。
 かつて、自民党の中で最も汚かった小沢が、新進党、新生党を作って、土建利権腐敗を、他人事のように批判したのと、構図は同じだ。

 確かに、わかりやすくはなる。
 これまでの自民党の、保守本流は、経済左翼、イデオロギー中道右派だった。しかし、シンキローやらコイズミあたりから、節操のない、金とアメリカ様のおこぼれのあるところにはどこにでも顔を出す、売国政治屋が増えた。そのため、自民党内も派閥の上に派閥があるような、複雑怪奇な構造となり、人材も払底した。

 自民党が滅びるのは良いことだ。私はそう思う。
 また、あほ壺三や、平沼赳夫が、「創生 日本」とか言う、イデオロギー極右、国民不在の、脳内肥溜グループを作るのは勝手だ。それで、切り捨てるべきものがはっきり見えて、わかりやすくなる。

 しかし、自民党の多くは、「創生 日本」、平沼新党には行かないだろう。国民から支持を受けうる何物をも持たないからだ。
 ここで、警戒すべきは、新自由主義の旗を降ろさせたくない、経団連が金を出して、「みんなの党」にテコ入れすることだ。自民党の木端議員たちは、こぞって船を乗り換えるだろう。

 だが、そこには、実は何も新しい物は無い。コイズミを総括できずに、いまだに新自由主義の尻尾を引きずっている「みんなの党」に、国民の声に応える政治は無理だ。
 しかし、金と、政党間力学の関係で、そうなる可能性がある。

 しょせん、「みんなの党」は、支持率が共産党にも満たない存在で、政策はほとんどなく、「戦争こそが貧困対策」とのたまう議員もいる、魑魅魍魎と言うか、鵺のような存在だ。ずいぶんと小物だが。

 だが、そこに、雪崩を打って、新自由主義者が集まった時、自民党と実は何も変わらないのに、自民党に代わる政党面して、現れる危険性がある。と言うか、それを目指している。文芸春秋の意図もまさにそこにある。

 「みんなの党」、たたくべし。新自由主義による、格差と貧困の現実を見るべし。
 金持ちのための代弁者に権力を与えてはならない。

 平沼新党、「創生 日本」、そして「みんなの党」。
 これらは、結局は、国民生活をダメにした、自民党の中の派閥が表面に出ただけだと、しっかりと理解しておくべきだ。

 政策論を挑むべし。政策が作れない政党に、何も与えるな。 自民党的な物、を引きずるすべての物に、鉄槌を下すべし。
posted by ジャッカル at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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