2011年02月13日

「市民税調」立ち上げのご相談

 長らくブログをお休みしていましたが、そろそろ新しい活動を始めたいと思い、ここに「市民税制調査会」(市民税調)の結成を目指して、活動を開始したいと思います。

 告知、情報宣伝はツイッターで行いますので、このエントリーは、「市民税調」の参加者募集のページともなります。

 さて、消費税の増税が、来年度には関連法案を出すという民主党の方針で、喫緊の課題となってきました。
 同時に、菅政権では「社会保障と税の一体改革」と称して、社会保障の充実にも言及しています。ただ、消費税についても、社会保障についてもまだその具体的な姿はかけらも見えてきません。

 私個人としては、税制だけでなく、税の対象となる所得の把握、資産課税拡大の可能性など、論ずべきことはまだまだたくさんあると思います。

 しかし、国や政党には、「税制調査会」があり、また財界は、一方的に自分たちの利益だけを図る税制案をぶち上げても、無批判に報道はされますが、市民の声はどこに生かされるのでしょうか?
 既存の各種税調にも、市民代表と言うことで、労組のダラ幹やら、消費者団体のメンバーなどが入っていますが、そのほとんどは、エクスキューズのための人選で、真に市民の代表と言うわけではないと思います。

 そこで、私としては、ブログ、ツイッター、そしてメーリングリストなどを通じての議論による、市民税調を立ち上げたいと思い、ここにその設置を宣言します。
 と言っても、メンバーの募集、選定から始めねばならず、まだまだ前途遼遠たるものがありますが、来年度の税制改正着手に、市民の声をぶつけて行くことを目指して、これからメンバー募集を始めます。

 個人的には、消費税あげも非としませんので、断固消費税上げ反対の、共産党、社民党の党の言いなりのような方は参加をご遠慮ください。他方、両党の党員・党友であっても、論理的、理性的に議論のできる方には、加入していただきたいと思います。

 この「市民税調」には、実体と言う物が存在しません。あくまでもネット上のバーチャルな物です。
 しかし、ここでまとめた提言を各種マスコミ、ミニコミに発信し、民主党政権の方向性に何らかの影響を及ぼすことをもくろんでいます。

 形としては、全体事務局としての私以外には、特段役職も無く、複数の分科会を作り、その分科会での議論は、そこに任せる形をとりたいと思っています。各分科会メンバーは、メーリングリストで議論をし、期限を決めて提言をまとめていただきます。

 分科会の種類は多岐にわたると思いますが、消費税や付加価値税に関する分科会や、法人税に関する分科会、所得税その他の直接税に関する分科会、相続税に関する分科会、新たな資産課税に関する分科会など、複数設けたいと思っています。
 あくまでも視点は生活者・消費者の視点に置くことが肝要です。

 各分科会では、議長(分科会の長)を決めていただき、最終的には私も参加して、各分科会の報告を取りまとめます。そして最終的に全員の閲覧をした上で、「市民税調報告」として、内外にアピールしていきます。

 当面は、ここまでのご提案とし、今後は当面、ツイッターで、広く人材を募集したいと思っています。

 その他ご意見のある方は、コメント欄に書き込んでください。

 では、宜しくお願いします。
posted by ジャッカル at 03:33| Comment(0) | TrackBack(5) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

マスコミが「第四の権力」から転がり落ちる日

  今、新聞、雑誌などの紙メディア、およびテレビ局各局共に、インターネットによるニュース、情報、動画の配信に押されて、非常に苦しい経営状況にあると言える。
 遠からず産経、毎日はつぶれ、テレビ局では、TBSやフジテレビですら危ないと言われている。

 確かに、私の父は昔も今も毎日新聞を取っているが、私は取っていない。そして、たまに帰省したときに見る毎日新聞には昔日の面影は無く、薄く、広告ばかりが目に付き、文芸欄や論説欄は削りに削られている。

 経団連の奥田元会長(トヨタ元会長)が、自民党政権危機のときに、マスコミを脅すような発言をしたことがあったが、もはやそれは現実の物となっている。
 マスコミは「第四の権力」の座を転がり落ち、社会の木鐸たる使命も失い、ただひたすら広告料のために財界に奉仕する存在と成り果てたといえるだろう。

 いまや、第四の権力はおろか、立法、行政の府も、財界の金によって動く。もはや民主主義国家はその体裁だけになり、実質、金主主義国家が成立したといえるだろう。
 しかし、古代ギリシャのソロスの時代の金主主義とは、金をもてるだけの才覚ある市民による共和制だったが、今の金主主義は、単により多くの儲けを求めるだけの、無目的な怪物と成り果てている。
 この化け物には、ただ金を稼ぐ、と言う以外の目的を持たない。構成員たる社員は、その小さな自我のままに、単に企業に奉仕することで自分の名利を求めることのみに汲々とし、社会的な使命など忘れ果てている。

 ここには、近代以降、営々と築かれてきた、理性や制度などは事実上存在しなくなり、ただひたすら儲けを溜め込むことのみが自己目的と化した化け物が生まれているのである。

 かつて、暴力的な権力を「リヴァイアサン」と呼び、それをいかに統御して人間の理性によって支配するかを論じてきたのが、「近代市民思想」であったといえるだろう。
 その後、マルクスなど、原始的資本主義への批判とアンチテーゼはあったが、政治的理由で、葬り去られつつある。また、やはり、100年と言う年月の間には、変化があるのは当たり前だ。

 今の、この新たな「リヴァイアサン」(ベヒーモスでも、ティアマットでも良いが)の暴走を抑え、国民が真に自分たちのための国家を取り戻すために、今、何が必要なのだろうか?

 どうすればよいのだろう?
 化け物を倒す勇者様は現われそうにない。自分たちの手で何とかするしかない。
posted by ジャッカル at 18:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

「尖閣諸島事件ビデオ流出」に思う。

 この事件については、昨日も記事にしたので、尖閣諸島事件、およびそのビデオの影響云々については、今日は触れない。

 今日、思うところがあったのは、最近のYOUTUBEや、ニコニコ動画などのインターネットツールにより、既存のマスメディアのあり方や、政府や警察・検察の情報隠蔽の構造が崩れてきていることへの感想である。

 アメリカでは、「ウィキ・リークス」と言うサイトで、アフガニスタン戦争の作戦計画書が暴露されたりしているし、日本では、誰かが意図的に、日本の警察のテロ関係捜査・調査情報を漏洩し、協力者の人権や生命の危険という話も出てきている。

 広い意味での「情報」には、「教育」も含まれると思っているが、古典的な権力者は、情報と同時に教育を支配し、自分に都合の良い国民を製造することに力を尽くしてきた。
 戦前の日本の教育、植民地における「皇民化教育」もそうであり、また現在、中国で、漢民族の言語の強制や洗脳が行われているのも、このような権力者たちの意向による。敗戦前の「大本営発表」などの虚偽による国民操作も同様である。

 しかし、ネットツールの爆発的な進歩と拡大は、もはや、情報管理・操作を、権力者や国家が独占することができなくなっていることを示している。

 尖閣諸島事件のビデオ漏洩は、たぶん関係者の意図的なリークであり、もしそうなら、公務員としての守秘義務違反ということで、刑事罰に問われる。
 だが、最初の漏洩のみにこだわるのではなく、YOUTUBEに出た映像が、半日の間に国境を越えて、個人のブログにまで掲載され、一気に情報が広がったことが、過去に例の無い、そして今後未知の領域に入っていく、情報管理の大きな問題となろう。

 私は基本的に、自由主義重視であり、情報の隠蔽や、意図的な操作を排除したいと考えている。その意味ではこのような情報漏えいは、時代と科学技術の進歩の結果であり、これまで国家や権力者が独占していたものが、広く国民の目に触れること自体は歓迎したいと思っている。

 だが、その一方で、情報というものは、それだけでは無価値であり、それを受け取った人間の「情報リテラシー」 次第で、人間の幸福にも不幸にも双方に作用しうる。また、新たなツールを使った、新たな情報操作も行われる可能性を考えると、最終的な情報の受け手である国民(「市民」といった方が適切か)が、その膨大な情報をどう理解し、どう使用していくかが極めて重要な課題になるであろう。

 この点は非常に難しい。やはりまた「教育」の問題になるのだろうが、「情報」をどう受け、応用していくか、情報の適否や、真偽を見分ける力をつけるのか?というのは、長期的視野で考えねばならない一方、今すぐに考えねばならない難しい問題であろう。

 「情報」、とは微妙に違うが、私は法学部で「ものの考え方」を学んだと思っている。個々の法律の条文は六法全書を見ればよく、裁判になれば、弁護士を雇えば済む。でありながら、自分が真っ当な道を進み、情報を適切に受け、処理し、時には再発信するためには、「ものの考え方」がきわめて重要になる。

 この「情報リテラシー」の問題は従来、情報流通の担い手であった、マスコミやジャーナリストに対して求められたものであった。しかし、いまや、国民・市民のおのおのが、高い情報リテラシーを持たねばならない時代になったということである。

 今日は、ここまでしか考えがまとまっていない。今後も、市民の側の情報リテラシーについて考え続けて行きたい。ただいえることは、既存のメディアは、今のままでは、衰退の一途をたどるであろう事は間違いないことである。

 とりあえず、今日はここまで。

 以上
posted by ジャッカル at 23:30| Comment(0) | TrackBack(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

尖閣諸島、漁船衝突ビデオ流出について。

 これまで、あまり尖閣諸島事件については触れてきませんでした。今後もそのつもりです。
 日中、双方の国が、我を通そうとすれば、二国間で障害になるのは当たり前で、日本の製造業も食料品輸入も中国に大きく依存している日本が、あまりこの件で事を大げさにしない方が良いと思っている程度です。

 領土問題の根底的な法的根拠については調べていません。その意味では、私は、竹島は韓国領、国後、択捉島は、本来日本領だったが、太平洋戦争後の多国間協議で、日本領ではなくなったと考えています。 
 別に、自虐史観というわけではなく、純粋に知りうる限りの法的、外交的根拠に基づいた結論です。

 ただ、その意味からすると、尖閣諸島は、日本領と考えることが妥当だと考えています。確かに中国という国の歴史の古さを考えると、島の発見も利用も中国の方が先立った可能性は大いにありますが、明治以降の2国間の関係と法的内容、および現在巡視船が常駐する形での実効支配からすると、尖閣諸島は日本領と言ってよいでしょう。
 特に、中国がこの件で関心を持ち始めたのは、東シナ海の天然ガスの資源が確認されてからで、アフリカにおける中国の、社会主義国の建前とはまるでかけ離れた収奪の状況をかんがみれば、「中国側の強欲による言いがかり」と言っても過言ではないでしょう。

 中国の「中華思想」的外交と、社会主義体制に新自由主義経済体制という、異様な状態や、なんだかんだ言っても、戦前の日本の皇民化教育に匹敵する、漢民族優越主義と、北京語強要を是とする内政方針を見ても、中国の体制側が、外交における巧妙さとは裏腹に、戦前レベルの低い民主化程度であることは間違いないでしょう。

 で、問題のビデオですが。
 全部見ましたが、あれは捏造ではないでしょう。大掛かり過ぎます。日本の極右の金でもあぁはできないでしょう。ですから、あのビデオの内容が事実だとすると、マスコミは菅内閣をやたらと叩いていましたが、実情は、菅内閣の言うとおり、中国側漁船の意図的、もしくは船長の酩酊による、巡視船への衝突ということで間違いないと思います。

 では、なぜこれまでビデオを公開してこなかったのか? まったくの推測でしかありませんが、やはり日中関係の重要性をかんがみ、中国国内では本来不逞な輩といえる、貧乏漁民の暴走行為をねたに、日中関係を悪くはしたくなかったということでしょう。
 ですが、建前と面子重視の中国は、ごり押しをやめなかった。しかし、そこには他方、何らかの引き時をほしがっていたとも読めるわけです。
 ナショナリズムというのは、ある程度は、どこの国の国民の誰しもが持っているものですが、それが刺激されて、無理が通れば道理が引っ込む、というようにはしたくなかったというのが、日本政府の立場でしょう。

 私は、それを支持します。
 中国の領有権主張が、強欲によるごり押しだとしても、国際関係の交渉である以上、他の経済問題なども考えて、慎重に対処すべきなのは、成熟した国家の為政者として、当然のことでしょう。
 やたら好戦的、軍事的対応を叫ぶ連中は、アメリカのサラ・ペイリンと同様の低脳、馬鹿、以外の何者でもないでしょう。誰も止めないから、自分で魚釣島に移住すれば良いでしょう。がんばってください。

 今の日中関係は、感情論、建前論を排し、プラグマティズムで考えるしかありません。
 漢学者の安納務氏の著書からしても、日本人が中国人(漢民族)を理解することは不可能、っとのことです。ならば、中国との付き合い方は、徹底的に実利に基づいた交渉であるべきでしょう。

 とすれば、尖閣諸島については、基本的に日本領としながらも、言いがかりに近い、天然ガス共同開発も、実利に徹して行い、また両国間の貿易を中心とした互恵関係を維持するのが、正しい道と考えます。

 今回のビデオの漏洩は、たぶん、海上保安庁、または関連する官庁内にいる、自称「愛国者」が、日本に非は無いと訴えたいがために、「善意」で漏洩したものと、私は推測します。
 中国国内のネット上では大騒ぎのようですが、実際にビデオを見れば、衝突してきたのは中国漁船と明白で、中国政府としてもあまり騒ぎにしたくは無いでしょう。
 日本の良識ある人も、同様に、この程度のこと(従来の政府見解とまったく違わない)で、がたがた騒ぐ方が、国益を損なうというものです。

 あとは、時間と、ガス田開発における進展で、解決していくことでしょう。

 いたずらに騒ぐ日本人は、情報が完全に統制されている、異常国家中国の、燃えやすい安っぽい輩と同レベルということで、恥じ入るべきです。日本人は恥を知る民族だったはず。
 事件はいろいろ起きますが、そのたびにぎゃぁぎゃぁわめいていても何にもなりません。
 3K新聞の低俗記事に惑わされること無く、国益最優先で、冷静に物事を考えるべきでしょう。

以上
posted by ジャッカル at 23:07| Comment(2) | TrackBack(3) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

中国で拘束の高橋さん、解放。

 尖閣諸島、漁船衝突事件に端を発した日中間の緊張の中で、中国側の対抗措置ではないかと疑われていた、ゼネコン・フジタの社員、高橋定さんが、昨日解放された。拘束されてから19日ぶりである。

 本当に、中国人船長逮捕の対抗措置かどうかは断定はできないものの、邦人の無事解放を素直に喜びたい。

 しかし、この事件が、両国間の緊張から、中国からの「謝罪と賠償要求」までエスカレートした直後から、急転直下、中国側からの関係修復のための宥和措置が取られ始め、今回の高橋さん解放で、当面の表面的事柄は、一応の解決を見たと言えよう。

 だが、この間、日中両国でにわかに燃え上がった、「なんちゃってナショナリズム」の後遺症は、今後も残るものと思われ、尖閣諸島領有権、東シナ海ガス田開発などの問題が、根本的解決に至っていない以上、今回悪化した、相互の国民の相手国への悪感情は、長く尾を引くものと憂慮せざるを得ない。 
 不幸中の幸いは、事件の収束が比較的早く、両国の軍事的緊張にまでは至らずに済んだことである。
 現場にいないで軍事的強硬論を垂れ流すだけの、右派系マスコミや、時代遅れの安倍晋三のようなネオコン政治業者が妄動する前に、一応の決着がついことである。

 今回の突然の解放の陰には、中国をめぐる、国際間の圧力が高まってきたことが背景にあるのではないかと、愚考している。
 それはまずはG7(先進7カ国)蔵相会議で、中国の不当に安い元の為替レートが議題になり、欧米諸国を初め、中国に改善を求める動きが出始めたこと。
 もう一つは、中国で体制批判を行い、逮捕・服役中の劉暁波氏に、ノーベル平和賞が授与され、やはり欧米各国から、中国共産党の民主化・自由化を求める声や、劉氏の釈放を求める声が上がっていることである。
 政府管理のもとで、「世界の工場」として、急速な経済発展を遂げながらも、依然として人権問題や、情報統制がおこなわれている中国に対して、世界中から視線が向けられるようになった現在、もはや中国政府は、日本との間だけの問題にかかずらわっている暇が無くなってきたのでは無いだろうか?

 私個人の意見としては、経済発展による増収に伴い、覇権主義的言動が目立ち始め、空母保有論とか月面着陸とかに舞い上がっている中国の現在の世論や政府の態度に、国際的に批判的視線が送られ始め、ストライキや地方暴動、環境汚染も問題になってきた今、中国も変わらねばならない曲がり角に来ているのではないか?。

 今後も、情報統制や軍事力増強などの強圧的姿勢を取り続ける限り、中国は太平洋戦争前の日本のように国際的に孤立を深めかねないと思う。そうならないためには、一層の自由化・民主化が求められると思う。
 私は何も今の中国政府の体制崩壊を望むものではない。指導部が英知を発揮して、国際社会からのメッセージを正しく受け止め、よりよい国づくりへと向かうことを切に願う。

 遺憾にも、私的団体であるノーベル財団のあるノルウェーに対して、中国政府が経済制裁をするなどと口走っているようでは、その国際感覚、人権感覚のズレは、今後の中国に悪影響しかもたらさないであろう。
 かつて、チベット地区党書記長として、チベット人8万人を殺害の指揮をした、胡錦濤・現国家主席はそろそろ強硬策の愚を悟るべきであろう。

 以上。
posted by ジャッカル at 06:31| Comment(0) | TrackBack(4) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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